アッシュベイビー アッシュベイビー
金原 ひとみ (2004/04/27)
集英社

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どうしても比べてしまいますけれど、綿矢りさ氏なんかは著書を読んでいて、「ああ、この人何だかんだで大丈夫なんだろうな」という気がしますが、金原ひとみ氏は、本当に純粋というか、いつか死んでしまうんじゃないかと心配になります。

突然ですが、私は純愛なる単語が大嫌いです。
だって、人間結局最後には自分のことしか考えられないようにできているんですもの。
「相手のことを思って何かをしてあげたい。見てれば何をされたがっているかなんてわかるでしょう?」何て事をのたまう方がいらっしゃりますが、何という自負心!何という勘違い!
「相手のために何かをしてあげたい。」というのだって、結局自己満足ではないですか。しかも、本当に相手がそれをされたがっているかだなんて、わかるはずが無い。
こういった感情を人が純愛と呼ぶ度に、その自己愛、自己陶酔にぞっとさせられます。

で、金原ひとみ氏。
言います。言ってしまいます。それなりな数の恋愛小説を読んできた私ですが、「純愛小説」と呼べるのはこの方の著作だけです。

氏は、恋だの愛だの言うものが、結局一方通行でしかないことをよく理解しています。
どんなに好きだ好きだと言い合ったって、その想いが均衡になることも無ければ、普遍になる事も決してありません。
まあ常人であるならば、そういう自分に都合の悪い事実はぽいぽい捨てていけるのですが、そこは金原氏。糞真面目です。糞真面目な人間というのは、概して、知ってしまった事実に対して、見なかったふりをしたり出来ないものです。それで悩んでしまうんですね。
その絶対的な孤独感。「好きな人に殺してしまわれるのが、私の幸せ。」「好きな人を殺してしまうのが、私の幸せ。」
恋愛の究極の体系ですね。重すぎる愛は、純粋すぎる愛は、鋭い狂気と凶器です。

人間で最も強い感情は、愛情と憎悪です。ひたすらエッジが利いたそれを向けられるほうとしては、極端すぎてどちらも等しい。愛情も憎悪も見分けがつきません。まあ、その二つに区別があるのかどうかも知れませんが。
凝り固まったエネルギーという点では、愛情も憎悪もかわりはありませんね。

幼児性愛や暴力は、この小説のお飾りでしかありません。この小説はひたすら金原氏の内面世界。
幼児虐待や、うさぎ惨殺などのちょっと規制されそうなシーンが度々出てきましたが、私は全然気持ち悪くならなかったですね。何故って、そこには感情が無いから。金原氏の書く主人公は、いつも現実からどこか乖離しています。暴力とセックスで混乱しているのは、主人公が暴力にもセックスにも対した興味が無いから。描写の鮮烈さと心理描写の冷めたギャップが、この作者の著作をさらに混沌とさせています。

蛇にピアスは、まままとまったそれなりの小説でしたが、アッシュベイビーの方は、まとまりは無いものの、傑作文学です。
個人的に、この著作物は美しさを楽しむものであって、共感する類のものでは無いと思っていますね。正直、こんなものに共感してしまえるような人は、生きていけないと思います。

ただ、他人には勧めない類の本です。読む側が糞真面目であれば糞真面目であるほどずんと胸に響く小説であります。

しかしそれにしても、氏の著作物は刊行の度にますます文学性があがっていっているので、はたしてどこまで着いて行けるものやら……。アミービックは第一項を読み始めたところで卒倒するかと思いましたよ、もう。





  
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